「…ここは、レメンテ。夜と砂の国。」
ハイデルランドの遥か東の外れにある、周囲と断絶された環境にある集落。
有史以前からレメンティスという氏族のみが生活を営んでいる。
霧と砂嵐、頻繁に発生する蜃気楼に阻まれ、案内無しに到達するのは極めて困難。
「あっちには、海がある。その先は知らない。」
さらに東には、レメンティスが海と呼ぶ広大な泥の熱泉が存在している。
熱泉の温度は100度を超え、また強い酸性を帯びており、熱泉中に生物の影は見られない。
この高熱と硫黄分はレメンテのごく小さな生態系の維持に欠かせないものである。
「寒い? …大陽は昇らない。ずっと夜。だから寒い。」
「…マント。使って。」
大陽は全く昇らず、気温は非常に低い。
目だった四季の区別はない。降水量も年間を通して少なく、変化に乏しい。
温度の高い海から温度の低い内陸の方角へ向かって、砂を含んだ強い風が年中吹いている。
「…800歳くらい。誕生日は、月の影で判る。」
この地に住む少数民族レメンティスはハイデルランドに住むウルフェンと種族的に同一で
様々な点で共通の特徴を持つが、レメンテの過酷な環境に適応した独特の特徴も併せ持つ。
また極めて長命で、最も高齢の個体は大皆蝕以前から生存していると推測される。
「どうしてここに来たのか、誰も覚えてない。 みんな、忘れてる。」
レメンティスは文字を持たず、言語も人称を示す概念("私"や"貴方")が無いなど、
極めて未発達なものしか持たない。よって歴史はその大半が失われているが、
少なくとも大皆蝕の時点でレメンティスの祖先がこの地にいたことは確かなようである。
「…顔に、何かついてる?」
「……そう。」
レメンティスは性分化が未熟で、全体として中性的な容貌になる。
世代が新しいほどこの傾向は顕著である。
感情表現の方法はハイデルランドの一般的な所作と大きく異なり、
特に表情の変化に乏しいため、ハイデルランド人からは誤解を招きがちである。
「ここが、家。 あっちの大きいのは、長老の家。」
交流が断絶しているため、また独特の風土のため、レメンティスは独自に発展した文化を持つ。
住居は泥と砂を練り合わせて乾かした石材で作られ、砂混じりの風を防ぐため半地下に作られる。
周囲に動物がほとんど生息しておらず、肉食文化は持たない。
月の出を一日の基準とし、月の運行を基にした独自の暦を持つ。
「母さんと、…姉さんは、居ないか。」
「家では…名前で呼んで。」
中でも特徴的なのが家系に対する帰属意識で、レメンティスの多くは自らをファミリーネームで名乗り、
ファーストネームは家族内、もしくは家族並みに親しい間柄でのみ使うに留まる。
フルネームを名乗る事も少なく、家族の他にはファーストネームを知らないという事もある。
「………じろじろ、見ないで。」
体毛は寒さに適応して発達しているが、レメンティスにとって
人前で獣態を晒すことは好ましくないとされる。
成長に伴って耳は尖り、尾は太く大きくなっていく。
丸い耳、細い尾は一般に見目よろしくないとみなされる。
「……恥ずかしい。」
レメンティスはウルフェン同様、同種同士で交配できないため
交流の途絶えたレメンテでは800余年前を最後に新生児が誕生していない。
氏族の人口は減少する一方で、レメンティスは緩やかに絶滅の道を歩んでいる。
絶滅を避けるため、100年ほど前から危険を冒してレメンテの外に出た者が居るが、
1070年現在、その成果が上がっているのかどうかは不明。
「………ん…。」