───────────live?
─────────────pulse───
──active─────
──────────────────────────connected via─
──────────────awake.
『…起動テスト・正常終了。 コンディション・オールグリーン。』
抑揚の無い合成音声が響く。
それが自分の声だということを、彼女は気にしなかった。
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どこか遠い世界、遠い星、遠い時代。
腐った大地。 死に満ちた大気。 澱んだ海。
成り立ちも失われて久しいこの戦争は、この世界から全ての生命を奪ってなお続いていた。。
垂れ込めた暗雲に時折り、電離気体の火花が映える。
記録によれば、実験場を巡る小競り合いが全面戦争となってより早38年。
主を失い、理由を失い、それでも戦いは滞りなく行われていた。
一昨日も昨日も、今日も、明日も、無意味な作戦の発行と実行の螺旋階段は続く。
"作戦時間:Wed Aug 16 22:00:00 2084"
"作戦領域:ガウマ海域上空"
"作戦目標:全動体の排斥"
『…作戦目標・全動体の排斥…。』
絶え間なく流れ込んでくる指令と情報を反芻するように、彼女─識別コード3Lc-NA─は呟いた。
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精巧な人形は、その形ゆえ、時として魂を宿す。
神の気紛れか、悪魔の悪戯なのか、それとも自然のミスか。
魂は確かに宿り、多くは本人もそれと判ぬまま、再び母体へ還る。
──彼女もそうだった。 少なくともそうなるはずだった。
コード3Lc、近接戦闘系アンドロイド。
従来機よりブースト効率を3%向上、装甲削減による総重量低下により
コストダウンを計りつつ高機動戦闘を旨とする、所謂"使い捨て"機体。
3Lc-NAはそのうちの一体だった。
彼女は、何故自分がはっきりした自我を持ち、思考をするのかを疑問に思わなかった。
彼女にとってそれは当たり前の事だったし、同型機が何を考えているか彼女は知る由も無かった。
判っている事は、自分はDr.シンドロームによって作られた、Dr.フェノメノンの軍を一機でも多く倒すための兵器である事。
そのために作られ、今日こうして次元転換船ベノーに乗っている事。
「…作戦領域・到着まで、30859ms。 次元転換・開始します」
夢 と 現 の狭間で彼女は、誰かが自分を呼ぶ声を聞いた気がした。
次の瞬間、ベノーの右1/3は抉り取られた。
フェノメノン軍砲撃艦アザラヴァの荷電粒子砲は今まさに転換しようとしていたベノー艦隊の中央をブチ抜き、
猛烈な衝撃波と閃光を残し、数瞬の後に連鎖爆発を引き起こした。
『…!』
彼女は船体を襲った凄まじい振動で戦闘が始まった事を知り、
そして目の前の船壁がめくれ上がり、空間座標の捻じ曲がった外界を目にし、
外壁が、自分の同型機が、そして自分が形容しがたいミルクの中に消えていくのを見て、
終わった事を悟った。
(…此処で、終わり?)
(まだ、Dr.シンドロームの提示した目標を…)
(何もしてない…まだ何も…)
(……もっと、生きたい)
3Lc-NAはもう一度、誰かが自分を呼ぶ声を、今度はもう少しはっきり聞いた。
引き伸ばされ、押し潰され、放り出された瞬間、彼女は全くデータにない世界を見た。
青と緑に彩られた大地は、しかしわずか7msの後に全てのセンサーは沈黙した。
落下感だけがあった。 しかしそれもやがて浮揚感に変わり、そして何も感じなくなった。
論理演算もできなくなった。 彼女は火に包まれ星の屑となったが、その魂はまだそこに宿っていた。
そうして彼女はゆっくりと緑の地に堕ちた。
──────────────────────────−−−−−−−−−−・・・・・.
『…………。』
目を覚ました時、彼女は最初に自分が緑色の上に寝そべっている事を知覚した。
光学センサーは生きている? 確かにあの時・過負荷により破損した記録が…
…座標取得不能。 全レーダー・反応無し。
身体を起こそうとして、脇腹からの猛烈な感覚─痛覚─に気付いた。
『……メージ、クリ…ティ… ──√─動・不能… っかふっ…』
見た事も無い赤い液体が喉から溢れ、それっきり喋れなくなった。
(そうか…私は、回収されて、新型機に搭載されて、戦闘に出て、損傷を…)
異常なほど低下したクロックの中でゆっくりと、今考えれば有り得ないシナリオを想定し、
視界の内側にちらりと何かが動くのを見、そして意識は闇へと沈んだ。
───────────────────────────────────────── w h y ?
「…? Oh, Wake?」
気が付くと、緑色は消えて白色に変わっていた。
適度な弾力が心地良い… …心地良い?
見上げると、人間の女性が不安げにこちらを見下ろしていた。
人間… 人間・女性? …データ・該当無し。
「You've slept 5 days through. You're fallen on by grizzlies. Any ache?」
喋っている内容は全く理解出来なかった。 ただ、損壊著しかった自分を回収し、
修復してくれたのがこの人間であろう事は予想できた。
しばらく向こうは話し続けていたが、やがて彼女が言葉を理解してない事が判ったようだ。
自分を指して
「Lily, I'm Lily. "Li" "Ly". OK?」
…識別コードか。 そう思った3Lc-NAは、ゆっくり指を動かし、自分の名を示した。
「"E", "L", "c"..."e"? ..."ELeNA"?」
『……"E""Le""NA"…』
もう一度、眠った。
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「──This, soft thing, is called "bed", that's used when sleep.
」
『sleep?』
「Ah... un, with eyes shut, resting without consciousness...?
」
『Recognized. It means State:suspend.
』
「Su, sus...? A, ya, maybe true, haha...
;;」
彼女が動けるようになってからも、この人間─リリィは彼女のメンテナンスを続けていた。
ELeNAと名乗った彼女に一般常識が欠如しているのは明らかだったし、何よりリリィはこの手の事が好きだった。
ELeNAも、友軍と思しきリリィの施しを断る理由は無かった。
新しい素体に馴染むためのリハビリテートであるなら、むしろ断るわけにはいかない。
99.93%否定されたシナリオだったが、ELeNAには他に縋るべきシナリオが無かった。
「ELeNA? Do you plan after this?
」
『No, but I ought to train in order to accomplish my mission.
』
「Train? now, How about get to work, adventuress!
」
『Adventuress? What is it, Mrs.Lily?
』
「Yes, adventuress! You look strong, agile. may become good fighter!
Luckily, My regist-No. is still valid. Why don't you use this No.?
Yes, I tell you nice saloon. There is no doubt that you have favor with♥
」
リリィはそう言って自分の提案にはしゃいでいた。
…この素体の性能は判らないが、扱いに慣れて行けば以前のスペックは取り戻せるかも知れない。
そうすれば、元の世界に戻って再びシンドローム軍として戦える…
そんな可能性が無い事はすぐに思い当たったが、そんな事は無視していた。
お粗末な論理プロセスだったが、今はどうでも良かった。
ELeNAはもう一度、魂を宿す。