リヒトハルツェン。
ハイデルランド王国の中にありかつての大戦時武勇誉れ高き騎士団を有しウニオンの勝利に大きく貢献した地である。
そうでありながら文化にも重きを置きハイデルランド全土、
ともすれば他の地にもないほどの劇場や自由に旅芸人が技術を披露する大道芸会場も存在する。
経済、文化、自由、野心、様々なものを人はこの地に求め集う。
この事件はその中で起こった、しかし世界すら大きく動かした事件である。
リヒトハルツェン内にあるハンターギルド、
優秀とはいえ粗暴なマスターの居るその場所に普段多くの人は訪れない。
だが今は違う。
数十、いや、それどころではない、
数百にもなろう、あるいはそれ以上の人々がその場を囲っていた。
彼らは大小の差はあれど武器となりうるものを持って怒りの表情を見せている。
「ふざけるな!あのオークを出せ!!」
「いつまで立てこもるつもりだ!逃げれると思ってるのか!」
「私の夫は北に戦いに向かい殺されたのよ!?こんなこと許されると思っているの!」
飛び交う怒号は雄弁に今の異常さ、
そして起こっている状況を語る。
そう、ここには絶対に居てはいけない。
人類の敵にして闇のもの、
許されない存在オークが見つかったのだ。
「ボス!もういいです!俺が出て行けばいいんです!!」
叫ぶオークの声は悲痛だ、彼の名はガランバルド、些細な自分のミスで匿って貰っていたこの場所の事を突き止められてしまったのだ。
「うるさい、殺すぞ、黙ってろ」
テーブルに足を乗せタバコをふかすエルフは酷く不機嫌そうに、考える様子で何度もテーブルを足で叩いている。
「ですがイザさん、時間の問題です、このままではいくら正門が頑丈でも突破されますしそれに…彼らも」
目立つところは控えめだがオークやエルフと一緒に居るには傍からみれば違和感のあるサブマスターのユーディトが進言をする。
「兄貴、もういいですやっちまいましょうよ!!」
「イザさん、俺たちはガランバルドだって見捨てない、一緒に逃げりゃなんとかなるって!」
「イザ、やるならやってやるぞ?暴徒っていうのは面倒だな、殴れば黙るのに」
この場に居る者たちが思い思いにマスターであるエルフに語りかける、
それをどれだけ聞いてるのか…。
彼らの言葉は絶望でも怒りではない、
この状況でありながら歴戦のハンターとして一つ一つ脱出案や突破案を出す、
だがこの場ではこの男の言葉が最も響くだろう。
「皆もういいんだ、俺がミスっちまったんだ、ミスした馬鹿はやられるのは当たり前だろ、だから…」
涙を流しながらガランバルドは説得する、全ては自分のせいだと…
ガンッ!!!
物と物がぶつかり合う大きな音が響き静寂が訪れる。
イザと呼ばれるマスターがテーブルを蹴り飛ばしたのだ。
「…………」
煙草を咥えなおし立ち上がる。
「全員待機、15分後に俺の部屋の机の後ろに隠し通路があるからそこから出てけ、ユーディトはこいつらがそれまで勝手にしないか見てろ、
お前はある程度は自由に動き回っていい、ウィルは俺に着いてきて俺が通った後正門の閂を閉めなおしてくれ、まあ出来れば無理すんな」
ハンターたちは言葉の意味を当然のように理解する。
「だけどそれじゃ兄貴があぶな」
叫ぼうとした男の頭部すれすれの位置を矢が飛び。
「うるさい、殺すぞ」
ウィルと呼ばれた女性のみを連れ歩き出した。
「どうするんだ……このままじゃ埒が明かないぞ」
「そうだ騎士様達に来て頂きましょう!気づいているはずだしあの方々なら必ず悪魔を倒してくださいますわ!」
「ああ、だがなんなら石を投げるだけじゃない、もっと大きなもの…いや火をつけても…」
群集がじれ始めた頃にハンターギルドの正門から音が響き始める。
そこに群がっていたはずの人々は反射的にそこから距離を取り、
そこから一人だけ出てきた男に視線を集めた。
「…………」
ハンターギルドのマスターであり数多の賞金首を狩った男であり、
そしてエルフが弓を持つ、
この意味をこの都市の人々の多くは理解していた。
………暫しの静寂を破ったのはイザ。
「あの豚野郎は確かにうちのもんだ、間違いねえよ」
群衆たちがそれを聞き、反応を見せようとする直前に。
「そしてレーベ地区連続連続殺人事件、ヤヌス通りの通り魔事件、オーグスト通りでの連続失踪事件、エーギル工房の起こした連続テロ事件、
こんなもんじゃない、数多くの事件を解決してきた、俺たちの仲間だ」
並べられた事件名、大都市であるがゆえに大きな犯罪は頻発するが中でも多くのものの耳に残っている事件ばかりだ。
「禿鷲の巣、そしてこの地に駐留するギルドのマスターとしてお願いする、引いてくれ」
困惑する人々、ほんの一瞬天秤は傾きかけたようにも見えたものもいるが…
「……でもオークじゃないか!いつか悪いことをする!」
「それにあんたが言ってる事だってほんとか分からない!瓦版じゃそんなことなにも言わなかったぞ!!」
「それにエルフだ!やっぱり人外の連中なんてろくでもない!!オークをかばうなんておかしいんだ!」
火は静まらずいよいよ石を投げるものが現れ、
近寄るものこそ居ないもののもっと大きな鉄で出来たものや刃物までもが投げつけられた、
僅かな間それに耐え続けていたイザは背負っていた弓を手に取り弓を番え群集に一瞬だけ威嚇の意思を見せる、
直後まさに真上、ともすれば自分に刺さりうるかも知れない位置に矢を放ち。
「……だったら部下の不始末は上司の責任だ、あれを飼ってた俺が悪い」
持ってた弓を足でへし折り左右へ投げすて矢筒を群集の元へ転がす。
「俺たちは自分の正義を貫き戦ってきた、これまでずっとだ。
まあお前らの目に見えないようなこともしてきたよ、今回のことは確かにその一つだ。
どうしたって千人に一人は悪党が出てくる、あいつはそのままじゃ死ぬ万匹に一匹の善人だったろうよ。
それでもどうしても許せねえってんならまぁ好きにしろ」
煙草に火をつけ座り動かない様子を見せ、直後にイザの真後ろに矢が落下し刺さる。
「………そうだとしてもそれでも、俺は…!あいつらを許せない!」
再び投石が始まり
「出せ!怖いんだよ!あいつが!あいつらが!」
恐怖と狂気が入り混じり、やがて直接殴るものまで現れ吸っている煙草までもが赤く染まる頃低く大きな声が響いた。
「静まりなさい!!!!」
声は群衆の後ろより発せられた、
騎乗し多くの部下を引き連れそこに立つ男はこの地で騎士団長を勤める男だった。
「どうか道を明けていただきたい、話は我々も聞き及んでいる」
彼に対する信頼の現われだろうか、ざわついていた人々は狂乱を忘れ驚くほどあっさりと道を開いた。
血塗れのイザの元にゆっくりと向かい。
「………」
「………」
イザが口の中の血を吐き捨て濡れてない煙草に火をつける、
僅かな沈黙…の後に。
「ハンターガランバルドにこの場へ出頭していただきたい」
騎士は告げる、自分の言っている言葉を十分理解しながら
「…………あ""」
群集が、いや、普段悪態をつき続けているギルドメンバーですら聞かない声。
「引き続き申し上げる、この場へハンターガランバルドの出頭を要請する」
この街、いや、この大陸の中でも名が知られる2人が一触即発の雰囲気で対峙する。
「…………そうか、しゃあねえなぁ……」
イザは群集相手だけなら自分一人で済むであろうと思っていた、
しかし自分が勝てるか分からない相手が現れこう要求してきた以上後ろの連中が危なくなる。
「…………残念だ、ここで」
イザが隠し持っていた鞭に手をかける瞬間後方の門が開き。
「!」
「!?」
対峙していた両者が目を向けたその先にはガランバルドとユーディトが立っていた、
ガランバルドは思わず駆け出す。
「ボス!ボス!すいません俺のせいで、俺なんかのために!なんでいつもみたいに暴れたり逃げたりしてくれないんですか!!!」
「なに出てきてんだよ逃げろつったろ殺すぞ……つーか死ね、ぼけ」
不味い煙草を吸ってるときより苦い表情を浮かべながら割と本気で蹴飛ばす。
「……必要だと思ったので連れてきました、それにイザさんは無茶しすぎです」
「俺が勝手をするのはいつもだろうがてめーら30回ぶっ飛ばすぞ、つーか今から殴る」
「やめてください!それにその状態じゃ立つのも大変でしょう」
「ボスほんとそんな場合じゃないって!騎士様!」
唖然とする群集の中騎士が静かに答え
「君がハンターガランバルド当人でよろしいかな?」
「そうです、見てのとおりの豚やろうなんで」
いつも目深に被っているフードも今は取り払い疑う余地もない、
驚くほど人に慣れた様子だが確実にオークだ。
「我々は君に告げることがあってやってきたのだ」
「……へい」
手錠をかけてもらうためだろうか、ガランバルドは両手を差し出す、
殴りかかってでも止めようとするイザを必死にユーディトが制する目の前で驚くべきことが起きた。
「総員下馬!!」
馬上の騎士たちが馬から降り敬礼し。
「ハンターガランバルド殿、同マスターイザ殿」
「………」
「は、はい!?」
「我々はガランバルド殿の数々の功績を確認し、知りうる立場にありながらそれを公表してこなかった。
先ほどイザ殿が申したことは事実である。」
どよめきが起こる。
当然だ、騎士団がオークの存在を知りえていたのだ。
「それはひとえに混乱を招かないこと、それが最善であると信じたからだ」
「………」
「(おろおろ)」
「しかし我々は功労者である彼を守りもせず、また皆にも大きな不安を背負わせ武器を取らせてしまった、真に、申し訳ない。」
群集に対ししかと頭を下げる。
日常では正しく感謝を伝え正しく謝罪する人物で知られているが騎士団長の行いとしては異例のことだ。
「我ら騎士団はこの地と人々を守るための存在である、そして領主殿は法を見つめ正しく執り行われることを願った」
突然のことに理解が追いつききらない人々とガランバルド、騎士たちとハンターたちが見つめる中。
「我が領地の法には異種族であることを罪とする法はない!
そして罪なき者を罰する法も存在しない!
万人に正しく恩賞と罰を与えよとのこと!
これはリヒトハルツェン領主シン・ブライト様からの御触れである!」
衝撃である。
異種族は比較的住みやすい地域であっても言及されないだけで差別や嘲笑の対象であることも多い、
また力ある教会からも基本的には忌まれる存在。
その中で、オークの居る前で、騎士団長が領主の代行として宣言したのだ。
動揺や混乱が広がるのを理解するかのように騎士団長が声を挙げ。
「多くの混乱が訪れるかもしれない!だが我ら騎士団はこの地に住まう人々を守る!
それはこれまでもこれからも変わりなくこの地の安寧と平穏のために尽くし続ける事をここに誓う!」
「…………」
ちっ、と舌打ちし
「俺たちハンターは悪人を捕まえるのが仕事だ。
他人を貶めなんでもありな稼ぎをする連中、人を不幸にして笑ってる連中、傷つけ殺して逃げ回ってる糞野郎、
そんな奴らを捕まえるのはかわらねえよ、これからもな。」
面倒そうに口上を言い終えるイザに騎士団長は近寄り。
「先まで彼らは何が起こっても皆に手を上げることはなかった!
それは彼らが罪人とはなんであるかを正しく理解し、そうでないものを守る者たちだからだ!」
騎士団長の口上に物凄く嫌そうな顔をするイザ、言葉は分かってても理解の追いつかないガランバルド、微笑んでみているユーディト。
「そして彼らは種族が違いながらまるで家族のように接し助け合えることを我々の前で見せてくれた、
そして領主シン様は多くの種族、人々が助け合えることを望んでおられる!
私たちは彼らに善き未来の姿を見たのだ!感謝と敬意を!」
騎士達は再びの敬礼をする。
驚きはあるが混乱はない、人々はハンターたちを見つめる。
「………え?え?あの、め、迷惑はかけないんで!」
「別に今日のことは恨んだりしねーよ、酒と煙草はちゃんと売ってくれよ?」
「皆さん不安にさせて申し訳ありませんでした、それでは失礼します(ぺこり)」
イザを左右から担ぎハンターたちはギルドへ戻っていった。
ハンターギルドを巡った嵐は、
それ以上の嵐と衝撃を人々に齎し終わりを告げた。
当然このお触れは諸国にも衝撃を与える。
王国の中には当然反発するものが現れハイデルランド王国からの追放、
むしろそれなど到底生ぬるくリヒトハルツェンを粛清すべきだとの声が上がった、
そして教会もその意見に肯定的であった。
しかし歴史の中で小競り合いこそあったものの彼らの願う大きな戦いが起こることはなかった。
それは………
機械的だが時に人情的な森人 偉大?な王の猫人 不器用でも人を救う白鳥人 刹那的で愛情深い森人 おばかで愛らしい河人 戦闘狂で面倒見のいい獣人 志高く豪放な岩人 真直ぐな歌姫の河人 老齢の穏やかな翼人 母性的で情熱的な岩人 想い人と歩み続けた白鳥人 機械でメイドな鬼人 同士達を救った森人 大食い英雄の鬼人 穏やかで親しまれる河人
そしてここではとても話しきれない多くの異種族の英雄達。
彼らの積み重ねてきたことが、人々の心を動かした結果なのかもしれない。
それからおよそ100年、
リヒトハルツェンの街は大きく様変わりした。
大きな混乱がありつつもそれを乗り越えたこの地は、
最も多くの異種族たちが行きかう地となり彼らの技術や産業や文化はこの地を一層華やかなものとした。
種族間の差別は今も完全になくなってはいない、
だがそこに集う人々の見せる笑顔はこの地の未来を明るいものにしていくだろう。