私は…ただ

お前に復讐するためだけに、俺は生きてきた

…ただ、ひたすらに

砕けろッ! アンツァァァンッ!

貴方のために、あろうとしたのだ…

私が自我を宿したのはいつか、正確には覚えていない。
最初の記憶は、とある男の手に渡った時のものだ。

男は猟師で、その日は獲物を売りに街に来ていた。
まずまずの金を手にして上機嫌だった男は、
誰にも扱えぬ(なまくら)と、捨て値で売られていた私を手に取った。

その時私は直感した。この男こそ、我が主なのだと。

私にはそう確信できた。
彼に握られているだけで、私の内にはみるみる力が溢れてきたし
彼の感情も流れ込むように伝わってきた。

彼の腕に抱かれている私は、満ち足りていた。

彼の傍らには一人の女性が居た。

彼は女性を愛していたし、女性もまた彼を慕っているようだった。
使えもせぬ私を得意げに見せびらかす彼に、女性は暖かな笑顔を向けていた。

村の出身ではない彼を、村人は決して快く迎え入れたわけではない。
だが彼にとってそんなことはどうでもよかった。

彼は幸せであった。

やがて女性は子供を身篭った。

彼は喜んだ。曖昧になっていた祝言も挙げることになった。
渋っていた村人も、遂には彼を祝福してくれた。

彼はこの上なく、幸せであった。

そしてこの日が、彼が笑った最後の日であった。

その晩、彼は見てしまった。
別の男と密かに会う彼女。
その表情は、今まで彼に見せたことがないほどに艶かしく、卑しくさえあった。

女性の口から放たれる言葉は鋭利な刃となり、一言一言が彼の心を切り裂いた。

そして彼はその身を焦がす激情のままに、私を手に取った。

女は罵る。そんな鈍で何ができるのか。

鈍? 冗談じゃない。
彼に握られた私は、Sharper than Anything(最も鋭きもの)。言の葉の化身。
獣も、人も、心も、絆さえも断ち斬る、断絶の剣。黒き魔剣。
何人も彼の振るう刃を止めることなどできぬ。

私は彼の望むままに力を振るった。
彼もまた、己の望むままに私を振るった。
二人を斬り殺してなお冷めやらぬ彼の憎悪は、彼を虐げてきた村人に向かった。

全てが終わった後、降りしきる氷雨の中。
彼は慟哭していた。

嫌悪、悔悟、恐怖、彼の感情は彼自身を押し潰す寸前だった。

だから私は斬った。

彼の心が崩れ去らぬよう、彼の魂が救われるよう、彼の記憶を斬った。
そうして彼と私は再び別れた。

彼は私を憎むだろう。
それで良かった。
彼の憎しみが強いほど、私は彼を感じていられる。

やがて彼は私の元に再び辿り着くだろう。
そうすれば…
私はもう一度、彼の腕に抱かれる。
私は、彼に使われるために生まれてきたのだから。

刀身を砕かれ、柄だけが荒野に捨て置かれている。
私の魂は見る間に小さくなり、意識は虚無の彼方へ遠のいていく。

…ここに居たのか

それは待ち望んだ声だった。

死に瀕した私を、彼はゆっくり拾い上げる。
あの時と同じように、私の身体に再び仄かな生命が宿る。

彼は、闇に堕ちていた。
私と同じように。

お前にはもう少し、俺のために働いてもらおう

私は、満ち足りていた。